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大阪高等裁判所 昭和45年(く)2号 決定 1970年1月22日

主文

原決定を取消す。

本件を京都地方裁判所へ差戻す。

理由

本件即時抗告申立の理由は、弁護人崎間昌一郎、同中元視暉輔、同小野誠之共同作成の即時抗告申立書に記載されているとおりであるが、その要旨は、

京都地方裁判所第三刑事部(裁判長裁判官橋本盛三郎、裁判官石井恒裁判官竹原俊一)は本来同部に係属中の被告人○○○○ほか二名の事件(未公判)と第一刑事部に係属していた被告人××××ほか七名の事件(すでに第一回公判済)と併合審判する予定で頭書被告事件全部につき、第二回公判期日を昭和四四年一二月二五日午前一〇時と指定した。そして、当日右定刻前傍聴券を受取った学生、父兄らが、一五号法廷に入り、五分程おくれて一〇〇名程の学生、市民が傍聴券を持たずに同法廷に入った。弁護人らは、同法廷附近に制服の警察官が待機しているのを見て、橋本裁判長と話し合い、裁判長の「警察官は一一号法廷に待機させるから、弁護人は一〇時三〇分までに法廷内の傍聴人の所持している携帯マイク、旗、着用しているヘルメットの措置について傍聴人を説得してもらいたい」との要望を諒承し、傍聴人に対しヘルメットを脱ぎ、マイク、旗を法廷外に撤去することを申し入れ、傍聴人らにおいても本日の公判は流すことが目的でなく傍聴人のことでいたずらに裁判を遅らせることは長期拘束されている被告人らにとって望ましいことではないことを確認し、マイク、旗を撤去し、かつ、ヘルメットを脱いで鞄の中に入れ、更に裁判所職員の要望に応じ法廷内通路に立っている傍聴人を全員その場に坐らせ、開廷を待っていた。ところが、その後一〇分位して入廷した橋本裁判長は、入廷直後「通路に坐っている傍聴人は直ちに全員退廷しなさい」と発言し、弁護人らは「裁判長から事前に傍聴人を説得するよういわれた事項についてはすべて実現していて、今の状態はなんら審理の円滑な進行を妨げるものでない」ことを理由として退廷命令の撤回を求めた。しかし、裁判長は、右弁護人の要望を無視し、右退廷命令に対する弁護人の異議申立も却下し、警察官を法廷内に導入して通路に坐っている傍聴人を法廷外に排除した。そこで弁護人らは裁判の長期化のことも考え、被告人らと相談したが、これ以上第三刑事部の審理を受けることは被告人の公平な裁判を受ける権利がおかされるおそれがあるので、同部裁判官全員の忌避を申立てたところ、同部は直ちに「訴訟を遅延させることのみを目的とするものと認められる」として右申立を却下した。しかしながら、忌避に至るまでの前記のような裁判所の行為は弁護人の立場を全く無視した背信的行為であって、裁判所が弁護人に対しある種の偏見をもっていることのあらわれであるし、また退廷命令の執行について弁護人との間に十分な打ち合せを遂げれば警察官の導入はさけられたのにもかかわらず、全く無造作に警察官を導入するような裁判所の態度は司法権の独立を守り、被告人の公平な裁判を保障する態度ではないのであるから、本件忌避の申立は十分理由のあるものであり、右申立を訴訟を遅延させる目的でのみなされたとして却下決定をしたのは明らかに違法である。

というのである。

そこで先ず本件忌避の申立が訴訟遅延の目的のみでされたことが明らかであるかどうかについて判断するのに、記録によると、本公判開廷直前において弁護人らが所論のとおり原裁判所の裁判長や警備職員の要望に応じて旗、マイクの撤去、ヘルメットの除去、佇立者を坐らせること等に努力し、右要望をいずれも実現したことがうかがわれ、傍聴席以外にいる傍聴人の退去自体についてはあらかじめ弁護人と原裁判所との間で具体的に話し合いがされた形跡がないので、弁護人にとって、原裁判所の傍聴席以外にいる傍聴人の退去を強行した措置がそれ自体の当否はともかく、弁護人に対する背信的行為であると受け取られたことも理解できないことではなく、このような弁護人の傍聴人に対する説得の状況、努力、原裁判所に対し不信感を抱くに至った事情にてらすと、本件忌避の申立はそれが理由があるか否かは別論として、直ちに訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとは断定し難い。従って、原裁判所としては通常手続によりその忌避申立理由の当否が判断されるのを待つべきであって、簡易却下の手続により本件忌避の申立を却下したのは失当であるといわざるを得ない。

よって、本件抗告は結局理由があるので、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取消し、本件を京都地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河村澄夫 裁判官 滝川春雄 村上保之助)

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